アメリカで人事をしていると耳にする機会が多い、Equal Employment Opportunity(EEC)、雇用機会均等法。移民が多く、人種、宗教、文化の多様性を持つアメリカで、雇用差別を防止し、多様な労働者の権利を守り、立場を尊重する目的で作られた法律です。
また、米国政府内には、U.S. Equal Employment Opportunity Commission(EEOC)という、人種、宗教、性別、年齢などに基づく雇用差別を防止するための行政活動を行ったり、連邦法を執行する権限を持つ独立機関、雇用機会均等委員会も存在します。
先日、米政府が新たに発表したデータによると、ここ数年、EEOCは従業員を違法に扱った組織を次々に取り締まっていることを示しています。
EEOCは、2023年度(2022年10月1日~2023年9月30日)に143件の差別やハラスメントに基づく訴訟を起こしました。2022年度に起きた同様の訴訟の数と比較すると、実に50%以上の増加でした。
EEOCは訴訟の詳細を発表してはいないものの、シカゴの大手弁護士事務所Seyfarthは、2023年にEEOCが起こした訴訟の種類の内訳を調査しました。調べによると、年齢による差別を訴えた件数は13件で、前年度の6件と比べ倍増。悪質な労働環境による訴訟は43件起き、そのうち27件は性別や性的嗜好に基づくハラスメントを主張したもので、残りの15件は人種やルーツに基づくハラスメントを主張したものでした。
2023年度に訴訟件数が劇的に増加した背景には、公民権や雇用慣行を専門とする弁護士、カルパナ・コタギャルを責任者に迎えたEEOCの新体制が影響しているとの見方もあります。
最も訴訟が多かった業界は?
前出のSeyfarthの調べによると、訴訟が多かった業界は下記で、「小規模ビジネスの場合、EEOCによる訴訟に太刀打ちするのは難しい」と言います。
● サービス業界(飲食、ホテル、旅行、イベント業界など)31件
● 医療関係 24件
● 小売業 18件
● 建設、建築資材、設備業界 15件
● 交通、流通業界 9件
● ペット業界(ペットストア、ペットリゾート&トレーニング)、家電販売店、ロッジ型宿泊施設、小規模な医療機関、中古車販売店など
訴訟になる前に雇用主ができる対策は? 2016年にEEOCが発表した反ハラスメントのガイドライン施行以来、世の中は大きく変わりました。COVID-19による影響もあって、ビジネスシーンでのフォーマルなやり取りから、SNSなどを用いたカジュアルなやり取りまで、多くのコミュニケーションがオンラインに切り替わりました。
アトランタにある、労働環境を改善に導くトレーニングを提供するEmployment Learning Innovations(ELI)のCEO、ステファン・ぺスコフ氏によると、オンラインのコミュニケーションは、簡単に録音、録画が可能なため、差別や不当な扱いの証拠を残す手段が増えたことも、訴訟の多さ、取り締まりの多さに繋がっていると話します。
また、同氏は、訴訟を防ぐ手段として、雇用主が自身に対して「”多様性を受け⼊れるインクルーシブな環境”という明確な基準に基づいて、職場でのコミュニケーションを取れているか」と問いかけ続けることが効果的であると話します。同氏はこう続けます。
「職場で発生しうる公正さに欠ける言動などから組織を守る予防策として、ELIのような機関で雇用主や管理職、従業員がトレーニングを受けることも効果的ですが、まずは、組織がその核となる価値観を明確にすることが重要です。”多様性を受け入れること”、”言動に責任を持つこと”、”他者を敬った行動”などの価値を組織が再認識し、取り入れることが、結果的に差別や不当な扱いに基づく訴訟などから組織を守ることに繋がるでしょう。また、従業員は、そうした環境の中であれば、疑問を持つような扱いを受けた際、取り返しのつかない事態になる前に声を上げやすくなります。そうなることで、より根深い、制度的・構造的な差別のような深刻な状況になる前に、問題を解決に繋げられるようになります。」
制度的・構造的差別とは?
組織やグループに属す際、特権(Privilege)を持つ人(多数派)と、持たない人(少数派)が存在し、多数派には苦労せずとも”普通”に享受できる特権があり、その優位性や恩恵にも気が付きにくく、そうした構造を多数派が維持することで、少数派が生きづらい組織の構造や制度を創り出してしまう状態のこと。こうした差別についてや、企業としてできる対策については、また別のメルマガで紹介いたします。
執筆者:
Chihiro Bjork
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