「AI投資が実らない本当の理由は、『マネージャー』にある?」

生成AIへの企業投資額は、世界全体で300億ドルを突破しました。しかし、MITメディアラボ発の研究プロジェクトで、300件以上のAI導入事例と150人超の経営層への取材をもとにした「Project NANDA」の調査によれば、95%の企業が「投資に見合う成果を得られていない」と回答していると言います。ツールもライセンスも揃っているのに、期待された生産性向上は実現していません。
多くの人事部門は、このギャップを「研修の追加」で埋めようとしてきました。2025年、米国企業は職場研修に1,028億ドルを投じ、世界全体では年間3,660億ドル規模に達しています。
それでも、「自社のリーダーシップ育成プログラムは非常に効果的だ」と答えた人材開発(L&D)責任者はわずか15%です。AIリテラシーを「教えるスキル」として扱った結果は、「知ってはいるが、使えていない」という状態でした。
人材開発企業Mento共同創業者・共同CEOのジェイミー・アルバース氏は、この状況を別の角度から捉えています。企業はAI技術に巨額を投じている一方で、それを実際に機能させる「マネージャー層」への投資を怠っている、というのです。
「使い方がわからない」ではなく、本音は「不安」
Mentoのコーチの90%以上が、コーチング中にAI関連の話題が出たと報告しています。内訳は「取り残される不安」83%、「雇用の安定への懸念」73%、「導入プレッシャー」73%、「過重負担・燃え尽き」53%でした。
一方、AIツールについて明確に言及したマネージャーはわずか2%です。AIは仕事の感情面やリーダーシップのあり方に深く入り込んでいますが、それは「ツール研修の問題」としては現れていません。
「マネージャーは『ChatGPTの使い方がわからない』とは言っていません」とアルバース氏は語ります。「『圧倒されている』『先が見えない』『この変化をどう導けばいいかわからない』と言っているのです」
実際、Slackが主催する働き方研究コンソーシアム「Future Forum」と、世論・組織調査で知られる米調査会社Gallupの調査では、ミドルマネージャーの45%が燃え尽きを経験しており、これはどの階層よりも高い割合です。直属部下の数は平均12.1人(前年10.9人)に増加し、25人超を管理する例もあります。Mentoの簡易調査では、参加予定メンバーの約半数が「燃え尽きずに生産性を保てているか」に10点満点中6点以下をつけました。
AIは、マネジメントを「一時的に」より難しくする
AIは管理を楽にすると思われがちですが、実際にはこの移行期において、少なくとも一時的にはより難しくしています。AIが人の「できること」を広げる分、アイデアや可能性が増え、判断のプレッシャーも増すからです。
かつてマネージャーはチームをA地点からB地点へ導く役割でした。しかし今は、道筋そのものが絶えず変わる「作り手」たちを率いる必要があります。エンジニアが試作をつくり、マーケターがワークフローを構築し、デザイナーがコードを書くなど、職種を越えた重なりが増え、明確な成果を示し優先順位をつける仕事はむしろ難しくなっています。
「マネージャーは今、動きながらリードしています」とアルバース氏。「変わる可能性を承知で方向性を示し、半年前には存在しなかった能力をチームが身につけられるよう支援しているのです」
問われるのは「管理力」ではなく「ビルダーを率いる力」
重要になるのは、チームが曖昧さの中でも機能できるようにする力である判断力、優先順位づけ、権限委譲、レジリエンス、そしてMentoが「ビルダー」と呼ぶ人材を率いる力です。
「ビルダー」とは、試し、試作し、適応していく人材のこと。AIがデータ分析やデザイン、リサーチといった能力を広く行き渡らせているため、多くの職種がビルダー的な性格を帯びつつあります。一方、計画・割り振り・進捗管理を前提とした従来型のマネジメントは、もはやそれだけでは不十分です。
「AIフルーエンシーとは、単にツールの使い方を知ることではありません」とアルバース氏。「ビルダー的なマインドセットを育てること、継続的な学習環境をつくること、そしてチームが『どこに力を注げば価値が生まれるか』を判断できるよう後押しすることの3つです」
「2日間のワークショップ」は、もう通用しない
従来のリーダーシップ育成は、比較的安定した環境を前提としていました。2日間のワークショップでフレームワークを教え、現場に戻すというやり方です。しかし単発研修の学びの大半は数週間で失われ、「プログラムが最新だ」と答えた企業は4分の1に留まりました。
AIが浸透した環境では、この問題はさらに深刻です。「これで完成」という到達点がないからです。Mentoのデータによれば、成果を上げるマネージャーに共通するのは、優れた研修を受けたことではなく、学びに対する関係性の違いです。
「最も先を行くのは、最高のワークショップに参加した人ではありません」とアルバース氏。「実験を重ね、同僚から学び、居心地の悪さを引き受け続けている人たちです」
「成功しているリーダー」に共通する5つの習慣
Mentoは、この移行期をうまく導くマネージャーに共通する5つの行動を挙げています。
1. 学ぶ姿を公にする
「AIの専門家」を演じず、部下の前で自ら質問し実験する姿を見せます。
2. 個人の試行錯誤を組織の学びに変える
放置すれば一部のパワーユーザーに留まるAI活用を、プロンプトや失敗談を共有する仕組みでチーム全体に広げます。
3. 優先順位を研ぎ澄ます 「できること」が増える中で、「活動」と「成果」を見分けられるようチームを導きます。
4. タスクではなく成果を任せる 目標とガードレールを設定した上で、道筋を決める余地を本人に委ねます。
5. 変化の人間的な側面を直視する AI導入が引き起こす不安や消耗感を無視せず、正面から受け止めます。
育成は「年1回のイベント」から「継続的な伴走」へ
多くの企業が見落としているのは、この力を組織全体の規模で育てるという発想です。ワークショップや年一回のプログラムは、変化の激しい環境での行動変容のために設計されたものではありません。
Mentoのコーチは、CTOやマーケティング責任者など、実務経験を持つ人材です。さらに独自のAIレイヤー「Moments」が、コーチングで話した内容を記録・整理し、後から実務で見返せるようにしています。Momentsはコーチングで得た学びを記録し、日々の業務に活かせる形で残します。
重要なのは特定の手法ではなく、マネージャーが働く場に寄り添った継続的な学びという原則です。Mentoのデータでは、この方針は長期的な計画力、権限委譲の質、燃え尽き防止といった行動変化と結びついています。
問うべきは「使えるか」ではなく「導けるか」
AIフルーエンシー・プログラムを急ぐ人事部門は、「ツール導入」と「リーダーシップ育成」を別施策と捉えがちです。しかし両者は切り離せません。
「ツール導入の緊急性に気を取られて、導入を機能させる『人』の育成をおろそかにしてはいけません」とアルバース氏は語ります。
マネージャーは、企業戦略と現場をつなぐ架け橋であり、新たな取り組みの浸透を後押しも妨げもできる立場にあります。AI投資で成果を上げる企業は、リーダーシップ育成プログラムを単なるL&Dコストではなく、「業績を支えるインフラ」として捉え直しています。
これまで企業は「社員はAIを使いこなせるか」を問い続けてきました。しかし本当に問うべきは、「マネージャーは、AIという環境の中でチームを導けているか」ということです。
執筆者:
Chihiro Bjork




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